世界遺産のVR動画~リトアニアの十字架の丘~


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世界遺産のVR動画をご紹介しています。今回はリトアニアの世界遺産、十字架の丘のVR動画をご紹介します。♥️
世界遺産VR動画

1.世界遺産VR動画~リトアニア・十字架の丘~

世界遺産VR動画

世界遺産VR動画の説明

世界遺産のリトアニア・十字架の丘のVR動画です。

十字架の丘は、リトアニア北部、シャウレイの北12kmに位置する巡礼地です。リトアニアの北部にあるシャウレイの郊外の丘に、おびただしいほどの十字架が建てられています。
このVR動画はゆっくりと十字架の丘を登る様子が収められています。
十字架の丘はあたり一面が十字架が建てられており、360度見渡すことが出来るVR動画は、その神聖で厳かな景観を見るのにうってつけです。

2.世界遺産・リトアニアの十字架の丘について

十字架の丘とは

十字架の丘は、リトアニア北部、シャウレイの北12kmに位置する巡礼地。リトアニアの観光名所となっている。2001年に『リトアニアの十字架の手工芸とその象徴』のひとつとして無形文化遺産の「代表一覧表」に記載されている。その発祥は分かっていないが、初めてここに十字架が建てられたのは1831年のロシアに対する11月蜂起の後であると考えられている。数世紀を経て、十字架だけでなくイエスの受難像やリトアニアの英雄の彫刻、聖母マリア像、肖像画、ロザリオなどもカトリック教会の巡礼者によって置かれるようになった。十字架の正確な数は分かっていないが、約50,000であろうと推測されている。

(出展:wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%AD%97%E6%9E%B6%E3%81%AE%E4%B8%98

所在地

https://goo.gl/maps/R2UmDaBFfaXAe494A

十字架の丘について

バルト三国とリトアニア

十字架の丘はバルト三国の一つリトアニアにあります。
リトアニアは、国土の98%が農地と森林に覆われた、大小合わせ約4,000の湖を有する「森と湖の国」として知られるバルト3国の一つです。
バルト3国とは、バルト海の東岸、フィンランドの南に南北に並ぶ3つの国を指し、北から順に、エストニア、ラトビア、リトアニアとなります。
バルト三国とリトアニア

リトアニアは「小さなローマ」とも呼ばれるほど美しい首都、ヴィリニュスの旧市街には数多くの教会が集まり、シャウレイの北12キロにはリトアニア最大の巡礼地「十字架の丘」があります。また、リトアニアは第二次世界大戦中、「日本のシンドラー」と呼ばれる外交官の杉原千畝が、ユダヤ人救出のための「命のビザ」を発給した国としても知られています。常に勇気と誇りをもって困難に立ち向かい、旧ソ連時代からも「奇跡の独立」を果たしたのがリトアニアです。

十字架の丘

シャウレイの北12キロの場所にある、おびただしい数の十字架が立つリトアニア最大の巡礼地です。その発祥については明確にされていませんが、初めてここに十字架が立てられたのは、1831年のロシアに対する蜂起の後と考えられています。これらの十字架は、ロシアの圧制により処刑された人たちや、シベリアへ流刑されたリトアニア人たちを悼んだ人々が、一つ一つ持ち寄ったもので、大きさは小さなロザリオから高さ数メートルもある芸術的な十字架まで実に様々です。途中、旧ソ連軍が撤去を試みたものの再び十字架が集まり、いつしか現在のような数になったそうです。すでにその数は5万にもおよび、現在も日々増え続けています。この十字架の丘は「リトアニアの十字架の手工芸とその象徴」として、2008年にユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。
十字架の丘
十字架の丘
十字架の丘

リトアニアの魅力

リトアニア観光情報局の記事を参考にリトアニアの魅力を紹介します。
http://www.dtac.jp/baltic_eeurope/lithuania/:title

ヴィリニュス

リトアニア南東部にあるヴィリニュスの歴史は、リトアニア大公国の王であったミンダウカスの居城が造られた13世紀にまで遡ります。1316年、ゲディミナス大公の命により、このネリス川沿いに新都が築かれました。バルト3国の中で唯一海に面していない首都ですが、これは数世紀に渡り国境が幾度も変わったことと深くかかわっています。タリンやリガのようなハンザ同盟風の雰囲気を全く感じさせないこのヴィリニュスは、旧市街としてはヨーロッパ最大を誇り、迷路のように入組んだ町にはゴシック、ルネッサンス、そしてバロック様式の建造物が多く残されています。また、「夜明けの門」は数少ない現存する城門の一つです。このヴィリニュスの旧市街は「歴史地区」として、1994年に世界ユネスコ文化遺産に登録されました。

ヴィリニュス
ヴィリニュス

カウナス

トラカイから車で1時間ほどの場所にある、リトアニア第2の都市です。その歴史は町が建設された11世紀にまで遡り、その後は交通の要所として栄えました。15世紀にはハンザ同盟に加わり、17世紀から18世紀にかけてはロシアやスウェーデンの侵攻という歴史を歩んできました。また、第二次世界大戦中には、ここにリトアニアの暫定首都が置かれました。このカウナスは「リトアニアの博物館街」と呼ばれるほど、多くの博物館が集まっています。リトアニアで最も有名な画家チュルリョーニスの美術館もここにあります。
カウナス

クライペダ

リトアニア西部にある、同国唯一の海港都市です。その歴史はリボニア騎士団がクライペダ城を築いた13世紀半ばにまで遡ります。ドイツ語で「メーメルブルク」と呼ばれていたこの町は、ハンザ同盟都市として発展。20世紀までプロイセン領となっていました。独立し一旦はリトアニアに編入されたものの、その後ドイツ領、旧ソ連領を経て現在に至っています。市街地にはドイツやデンマークにあるような木枠の柱を持つ建造物が多く見られ、また近郊には、ロシアとの国境に近い人気の海岸のリゾート、クルシュー砂州国立公園やパランガがあります。
クライペダ

シャウレイ

古くからラトビアとの交易が行われ、織物業、皮革産業で発展しました。町の北東部にある「十字架の丘」は、リトアニアを代表する巡礼地としても知られ、2001年に「リトアニアの十字架の手工芸とその象徴」の一つとして無形文化遺産に登録されています。
十字架の丘

ケルナヴェ

ケルナヴェは、かつてのリトアニア大公国の都として栄えた町です。丘の上に木造の城が築かれ、約1000人の商人や職人たちがその麓に住んでいました。そんなケルナヴェが文献に登場するのは、ドイツ騎士団に攻囲された1279年のこと。1390年には騎士団により城を含む建造物群がもろとも焼き払われてしまいましたが、その後も町が再建されることはなく、人々は谷から丘の頂上へと住まいを移しました。そして、時の流れとともに都市の遺跡は土に覆われ、遺跡が損壊することなく保存されることとなりました。こうした遺跡が眠るこのケルナヴェは、「考古遺跡(文化保護区)」としてユネスコ世界文化遺産に登録されています。

ドルスキニンカイ

ベラルーシやポーランドとの国境に近い、ネムナス川沿いの小さな町です。中世初期にはこの土地に、バルト族の一派が住んでいたとされています。リトアニア人によって13世紀になり統治され、ドイツ騎士団からの攻撃に備えるための小さな城が造られました。しかし、その城もドイツ騎士団に征服され、1308年に破壊。やがて町は衰退の一途をたどることとなりましたが、18世紀後半にこの地方の水に含まれるミネラルが健康に良いことがわかり、喘息の治療に用いられるようになりました。そして、19世紀前半には更なる研究により、ドルスキニンカイの水に身体に良いミネラルが豊富に含まれていることが発表されると、町には療養所や温泉病院がぞくぞくと開設。そして、人気のリゾート地として注目を浴びるようになりました。

ドルスキニンカイ

3.仮想現実VR動画を見る方法について

以下のページをご覧ください。
VR動画を見る方法

360度VR動画

本日は以上となります。これからも宜しくお願い致します。
宜しく

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